松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」(1981)デビュー曲が大ヒット

2016y11m02d_002508057

伊代はまだ16だから~♪

あまりにも有名なフレーズだ。
この曲、このフレーズで松本伊代の人生が変わった
16歳の時のできごとだった

伊代(いよ)という非常に珍しい名前は
瞬く間に世に知れ渡ったのだ。

松本伊代は1981年
デビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」
アイドル歌手デビューを果たしている。

デビュー曲がいきなり大ヒットした。

数年前まで子どもだった自身が、
突如として有名芸能人になり、 歌詞が
“自身のアイドル歌手になった心境”
を歌ったという、
かつてない内容だったため
世を驚かせた相乗効果もあっての
ヒットであった。

松本伊代の最も輝いた絶頂期
この「センチメンタル・ジャーニー」
テレビやラジオで流れたリリース中の
1981~1892年の1年間ではないだろうか。

以降、1983年にシンガーソングライターの
尾崎亜美が提供した
「時に愛は」(松本伊代主演のテレビドラマ主題歌)
以外大ヒット曲はない。

あまりにもセンセーショナルなデビュー曲と
当時の彼女の放つオーラは凄まじいものがあった。

洗練された「きゃしゃな都会育ち」「育ちの良さ」
がテレビからみごとに伝わり、多くのファンを獲得した。

2016y11m07d_103437740

性格の良さ、あまりのかわいさに
テレビ局をはじめとする
メディア関係者の受けもよかった。

当時インターネットは存在せず、
アイドル歌手はテレビに出ることが命であった。

松本伊代は
このデビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」
生涯の代表曲である。

松本伊代にとって、
この曲のリリース期間が、
以降30年、40年と続く芸能活動の
いきなりの絶頂期であった。

後年数十年にわたる松本伊代の芸能活動は
このたった1年間のデビュー当時の輝きとを
「センチメンタル・ジャーニー」基軸として
成り立っている。

それは、この記事の最下にある動画を
デビュー35年後に製作すること自体がその証しでもある。

最後から2番目の動画は2015年に公開されたものである。
最後のCMは2016年11月に放映された。

松本伊代は「センチメンタル・ジャーニー」
リリース中の瞬間的には、
松田聖子に次ぐアイドル№2の地位にあった
といわれている。

松田聖子のデビューが1980年4月1日
松本伊代のデビューが1981年10月21日
前年の1980年6月1日には
河合奈保子、柏原よしえが同時にデビューしているが、
松本伊代ほどの衝撃を世には与えていない。

小泉今日子、堀ちえみ、三田寛子、
早見優、石川秀美、中森明菜

翌年の1982年の春~初夏にかけての
デビューである。

つまり81年~82年の冬期は松本の独壇のデビュー劇であった。

松本伊代自身、夢のような、現実離れした、
多忙の極致の16歳の冬であったことは容易に想像できる。

ちなみに松本伊代は賞レース的には82年デビューとみなされている。

大混戦の中で、1982年12月
第24回日本レコード大賞新人賞を受賞している。

しかし、多くの同期アイドルが後年を含め、
NHK紅白歌合戦に出場を果たしている中、
松本は千載一遇のチャンスの
「センチメンタル・ジャーニー」をもってしても
選抜されることはなく、
以降一度もNHK紅白歌合戦に出場した経験はない

広告
336 ×280

「センチメンタル・ジャーニー」の動画

1981年・冬 NHKホール


「伊代はまだ 16だから~」「伊代」のところを
「わたし」に変更させられて歌った珍しい映像。

さらに、松本の振付でマイクを持った左手と右手を
左側に振る他では見られない
非常におもしろい振付を見せたところも注目。

1982年12月31日/第24回日本レコード大賞新人賞受賞


「日本レコード大賞(新人賞)」受賞/松本が受賞した最も大きな賞

この時、会場に松本の母親と姉が来場している。

テレビは2回母親と姉を映し出した。

下の写真はそのときの松本の母親と姉
2016y11m02d_002329627

2015年12月1日公開替歌「センチメンタル・ジャーニーまだ50歳ver.」


松本が50歳になった時にリリースされた
「センチメンタル・ジャーニー」の替歌シングル。

歌詞は現在の松本の生活や気持ちが投影されている。

当時の衣装、振付を再現し、かつら、メイクで
デビュー当時の自身の雰囲気を再現している。

アニメーションとCGに包まれ、
キラキラと輝いている松本伊代を再現させだ映像。

広告