秋篠宮家の紀子さまと
長男、悠仁(ひさひと)さまが乗った
黒塗りワゴン車が2016年11月20日、
高速道路で起こした追突事故は
大きく報道された。
この日、紀子さまと悠仁さまは、
ご学友とその母親と、
朝早くから登山、観光に向かっている途中だった。
事故が起きたのは、
神奈川県相模原市緑区の
中央自動車道下り車線を走行中の
午前7時40分ごろだった。
濃霧の中、前の車が渋滞で急ブレーキをかけたため、
運転手も慌ててブレーキを踏んだが間に合わず、
前の車に追突したのだ。
幸いにも、ワゴン車は前方のバンパーに亀裂が入り、
追突された乗用車も後方バンパーがへこんだだけで、
双方にけが人もなかった。
悠仁さまたちは最寄りのパーキングエリアで
車を乗り換え、
予定どおり観光と登山を楽しんだ。
この事故によって世を驚かせたのは、
将来の天皇となる悠仁さまを支える環境の危うさと、
皇室内の格差だった。
目 次
秋篠宮家は、両陛下、皇太子一家とは違いいろいろ大変!
秋篠宮家は、1990(平成2)年6月29日、
「礼宮(あやのみや)さま」と「川嶋紀子さん」との
結婚を機に創設された宮家。
秋篠宮家には、
皇位継承第2位の秋篠宮さまと、
この先、天皇となるであろう第3位の悠仁さまがいる。
だが2人の皇位継承者のいる秋篠宮家は意外にも、
慢性的な人手不足と脆弱な維持体制であることに驚かされる。
世界的な大富豪一族の方がはるかに盤石だ。
皇室、宮内庁では
「ご身位(しんい)が違う」という概念がある。
もちろん法律に基づいた違いである。
両陛下と皇太子御一家という内廷皇族と
その他の宮家では「格付け」が異なる。
これは厳格な、決定的な線引きが存在するという意味だ。
この概念は、一般の人には
まったくイメージできないものである。
普通の家族や親子、兄弟関係とは別世界なのだ。
3人家族の皇太子御一家の東宮家が
60人のスタッフを抱えている。
一方で、弟の秋篠宮ご夫妻と成人した眞子さま、佳子さま、
そして悠仁さまの5人家族の秋篠宮家のスタッフは、
他宮家や宮内庁との兼務を含めても20人ほどだ。
高齢の皇族が多数を占める現在、
「働き盛り」の成年皇族が4人いる秋篠宮家は、
運転手も含めたの20人であり、
絶対的に人手不足である。
外国訪問や海外王室との交流、
国内の式典や行事への出席など
まさに一家と20人スタッフがフル稼働状態だ。
数名の運転手は秋篠宮家の5人を交代制で、
なんとか回っている状態だといわれている。
天皇陛下の車列はスゴイ
内廷皇族の両陛下や皇太子ご一家が
車で移動する場合の車列は他の宮家とは次元が違う。
天皇皇后両陛下の車列は
白バイ2台が先導する。
供奉者(ぐぶしゃ)と呼ばれる随行者の車両、
何台もの警護車両が連なり、
白バイ2台が最後尾に付いている。
まさに大名行列の様相になる。
この車列に偶然遭遇した国民は
誰もが度胆を抜かれるという。
道路は通行規制され、
すべての信号が青に変わるため
渋滞に巻き込まれる心配は一切ない。
一方、秋篠宮家や他の皇族方の場合は、
後ろに警護車両が1台つくだけだ。
驚くほどの質素なものとなる。
交通規制はなく、信号操作もないため、
渋滞に巻き込まれることもある。
秋篠宮家の車は、助手席には護衛官が座り、
この警護官がナビ役を務める。
両陛下や皇太子ご一家のように
先導する白バイや警察車両はない。
万が一、渋滞に巻き込まれ
式典に遅れようものなら、
運転手と護衛官の責任になるため、
焦ってスピードをだすこともある。
2016年11月20日の高速道路で追突事故は、
こんな体制下の中で起きたのだ。
運転手は、4月に異動してきた
30代の男性運転手だった。
事情で当日急きょ担当となり、
渋滞情報や道路の下調べなど
十分な準備ができなかったという。
皇室のご身位(しんい)の差は厳格
【天皇の静養施設の御用邸】
那須御用邸(栃木県)
葉山御用邸(神奈川県)
須崎御用邸(静岡県)
の三ヶ所にある天皇の静養施設の御用邸。
すべて本邸に宿泊できるのは両陛下のみである。
皇太子ご一家も滞在は隣接する付属邸と定められ、
秋篠宮家や他の皇族方が単独で使うことは許されない。
非常にまれなケースとして、
2008年に秋篠宮ご一家が特別に単独で使用が許された際も、
宿泊したのは、供奉員(ぐぶいん)宿舎と呼ばれる
当時すでに築82年の職員用の木造の宿泊施設であった。
【学費】
愛子様の学費は公的費用の宮廷費から支出される。
一方、秋篠宮家など宮家のお子様の学費は
皇族費という宮家の生活費でやりくりする。
まとめ
悠仁さまは、平成天皇の孫世代で唯一、
皇位継承権を持つ男性皇族だ。
将来の天皇になるであろう悠仁さまを取り巻く身辺環境は、
世界の貴族の常識からしても信じがたい現状を、
国民に露呈した2016年11月20日の小さな交通事故だった。